3月1日、ボクシング・WBC世界バンタム級タイトルマッチが行われ、挑戦者の山中慎介選手は3度のダウンを奪われ、2R1分3秒、TKOで前王者のルイス・ネリに敗れました。
198日ぶりに迎えた因縁の再戦で雪辱を果たせなかった山中選手は引退を表明しました。
しかし、この試合は、結果を含めて、試合前からおかしな事が相次ぎ、どうしても納得がいきません。ルールの厳格化を明確にしていかないと、ボクシング界そのものが危機に陥る可能性があります。
◆試合の感想
1Rの滑り出しは上々だったと思います。
ただ、ネリのカウンター気味のジャブでスリップした後、ネリの突進を許してしまいました。2Rでは、フック、連打、カウンターと3度のダウンを奪われ、ストップとなりました。
2Rの2度目のダウンをして立ち上がり、レフェリーから「やれるか」という確認があった際、何度も「OK」を繰り返し口にしていた山中選手のガッツに、思わず涙が・・・。
そして、TKOが告げられた瞬間、悔しげな表情のままマットに横たわり、天をみつめているかのようでした。
山中選手は天を見つめて何を思ったのでしょうか。「敗れて悔いなし」とはとても思えなかったのではないでしょうか。
◆王者のドーピング疑惑
ルイス・ネリは2017年8月15日、王者だった山中選手を下し、WBCバンタム級王座を獲得しました。
しかし、同月23日にドーピング検査で禁止薬物の筋肉増強剤が検出され、WBCの裁定を待つことになりました。結果は、問題なしということになりました。
不問とされた理由は、検出された薬物は、牛肉を食べると反応が出ることが時々あり、他競技の選手も牛肉を食べて反応が出たケースがあるということです。
きわめてグレーではありますが、WBCの正式な裁定ですから、良しとしましょう。(ホントは良しではないけど)
それでも、現役の世界王者がドーピング疑惑なんて、釈然としない気持ちが残ったままです。
◆王者の王座剥奪 体重超過は確信犯?
ドーピング疑惑を何とか切り抜けた王者ネリ。
今度は、試合前日の計量で規定の体重を2.3㎏超過。2時間後に行われた再計量でも1.3㎏オーバーのまま。
結局、規定違反で王座剥奪ということになりました。ただ、翌日の試合は行われ、山中選手が勝てば新王者に、引き分けあるいは負けではネリは王者にはなれないということになりました。
最初の計量で2.3㎏オーバーは信じられないことです。再計量までの2時間で2.3㎏を落とすというのは、医学的にもほぼ不可能だとされています。
当日まで198日もあって、世界王者にもなるようなアスリートが体重調整が出来ないということは考えにくいです。
数百グラムの超過ならよくあることですが、2.3㎏ともなると前代未聞。それが、世界王者が、世界戦で、です。
こうなると、ネリの体重オーバーはわざとではないか、確信犯なのではないか、と思った方が自然だと感じます。
体重オーバーで王座を剥奪されても、試合が中止になれば、山中選手に負けたという事実は残りません。また、試合をしても、過酷な減量をしていない分、コンディションはいいはずですので、勝てる可能性が高い(実際、その通りになった)と判断したのではと想像します。
こうなると、あのドーピング問題も、クロだったのではと勘ぐりたくなります。
◆体重が違うとパンチ力は?
身体を極限まで追い込む過酷な減量で計量を一発でクリアした山中選手。
一方、ろくに減量せずに体力を温存して最終的に1.3㎏超過で試合を迎えたネリ。
この1.3キロという体重差は、パンチ力にどう影響するのでしょうか?
まず、物理的な問題として、単純衝突が起きた場合、重量が小さい方から大きい方へ衝撃力が伝わることはありません。
また、プロボクサーの体脂肪率は、試合時には5~9%ほど。ですから、体重が2キロ前後違うということは、純粋に脂肪を除いた体重差と考えて差し支えありません。
仮に、骨格がほとんど同じで、筋肉のバランスが同じだとし、その上で純粋に筋肉が2キロも違えば、パワー差は歴然です。パンチ力はもちろん、スタミナの差も相当なものがあると思われます。
WBA世界ミドル級王者の村田諒太選手はこう言っています。
山中さんは減量が絶対きつかったと思うし、見ていて耐久力が落ちているのもわかった。その上、相手は1階級以上も上の体重つくってきて、パンチ力も耐久力も全然違った。
そして、山中選手自身が記者の質問にこう答えています。
ーーネリのパンチは前回より威力はあったのか。
「効くパンチは見えないパンチで、その見えないパンチをもらってしまった。実際、3回倒れているんで、パンチ(の威力)は以前より感じました。」
ーーパンチの威力は体重は関係ないのか。
「まったくないとは言えない。だからこそボクシング界のルールをしっかり統一してもらいたい。ファンも納得いかない。」
◆それでも試合は行われた
試合前日の計量で王者ネリが体重オーバーで王座剥奪。試合が中止になるとも言われましたが、結果的には続行されました。
王者ネリに山中選手が挑戦するタイトルマッチだったわけですから、王座剥奪の段階で、試合そのものが中止となるのが普通の感覚だと思います。
ただ、そこはプロの世界。ビジネスの論理が優先します。すでに前売チケットは完売の状態で、すでに億単位の金が動いています。中止という判断は頭の片隅にもなかったはずです。
ルール違反で失格となるべき選手が、その競技の公正性よりもビジネスが優先されたがゆえに、試合に出場して勝利し、ファイトマネーを全額受け取ったという理不尽な現実を、どう理解すればいいのでしょうか。
その後、WBCはネリへのファイトマネーの支給を一時ストップすること、および無期限資格停止の処分を表明しました。
◆ルールの厳正化をはかれ
一昔前までは、計量に失敗した選手が試合でも負けるのが当たり前でしたが、最近は、今回のケースのように逆になることが圧倒的に多くなっています。
計量失敗のペナルティで王座を剥奪されても、世界王者認定団体が4つに増えたために、半年から1年も待てば、いくらでも世界王座に挑戦するチャンスがまわってきます。
ですから、良からぬ子事を考える選手は、必要以上の減量をムリにはやらず、体力温存をはかって勝ちにこだわるわけです。
先の村田諒太選手もこう言って怒りをぶちまけています。
計量のルールを厳正化しないと、どっちにしろ、しこりが残る。計量オーバーで(試合が中止になって)興業にならないのなら、訴訟でも起こせるとか、システムを変えないと。何かを起こしたら厳罰化するとかしないと(ボクシングが)衰退してしまう。
◆まとめ
ーー今後については。
「もちろん、これが最後です。これで終わりです。」
試合後の記者会見で山中選手は、はっきりと引退することを明らかにしました。これほど選手が一度口にした言葉を撤回するとは思えません。
しかし、です。どうにも納得いかないのは私だけでしょうか。
山中選手は2011年から2017年まで12回、タイトルを防衛し続けました。これだけでも偉大な記録です。
さらに、計量はすべて一発クリア。ドーピング検査もすべてクリーンでした。
だからこそ、日本ボクシング界の至宝ともいうべき山中選手のキャリアが、こんな疑惑の雲に包まれた試合で幕を閉じていいのかと、どうしても納得いかないのです。
でも、どの世界でも同じでしょうが、人は満足してやめることは不可能ですが、納得してやめることは可能だと思います。山中選手がこの試合に万全の状態で臨み、自分で納得しているのなら、その結論に誰も何も言うことはできません。
そして、村田諒太選手はこう讃えました。
僕も相手が1階級上の体重だったらやりたくない。でも興業をつぶすわけにはいかないし、逃げられない。その中で戦う男と、体重オーバーして勝ってる男と、どっちがかっこいいのか。ボクサーだからわかる恐怖に負けずに戦った山中さんは、かっこいい。
以上、『神は「神の左」を見捨てたのか?納得いかない山中慎介ラストマッチ』でした。
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